報徳二宮神社 草山明久さん インタビュー

報徳二宮神社 宮司 草山明久さん

1894(明治27)年に創建された「報徳二宮神社」は、社名が示す通りに農政家・二宮尊徳を祀っている。その名は知っていても、人に語れるほどの知識があるという者は少ないのではないだろうか。江戸時代後期の人物であるが、その思想・哲学は時代を越えた普遍的なものだ。そんな二宮尊徳と小田原の街の魅力について、宮司の草山さんにお話を伺った。

二宮尊徳翁
二宮尊徳翁

見えないものを感じる場として

――「報徳二宮神社」の由緒から聞かせていただけますか?

草山さん:当社は二宮尊徳翁を御祭神とする神社です。多くの神社は、その土地の神様をお祀りしていますが、当社の場合は二宮尊徳翁という人物を祀っているのが特徴です。農政家である翁の教えを尊信していた伊勢・三河・遠江・駿河・甲斐・相模にあった報徳社の総意により、1894(明治27)年に創建されました。1909(明治42)年に本殿・幣殿を新築し、拝殿も改築。さらに神宛を拡張したことで現在の景観となり、1994(平成6)年には創建百年記念奉告祭を斎行しました。

「報徳二宮神社」
「報徳二宮神社」

――参拝の折、境内では何に注目したらいいでしょうか?

草山さん:ひと目で当社の由緒・歴史を知るには、薪を背負いながらも勉学に勤しんだ翁の銅像をご覧いただくのがいいかと思います。一方で“見る”だけでなく“感じる”ことも、ぜひしていただければと思います。知覚できないものは存在しないという捉え方が支配的な時代にありますが、多くの方の様々な想いが積み重ねられた神社という場所で、心の平穏や、新鮮な気持ちになってもらえたらと思っております。

「報徳二宮神社」
「報徳二宮神社」

――“地域のヒト・モノ・コトが集まる場所”という「杜のひろば」について、少し詳しく聞かせていただけますか?

草山さん:もともと神社は、神聖な場所であると同時に人々が集まり、地域活動が行われていた場所です。その原点に立ち返り、参拝者や観光客だけでなく、地元の方も来たくなるような場所をつくりたいと考えました。本格イタリアンコーヒーをはじめ、江戸時代に金治郎が食べていたとされる「呉汁」を味わえる「きんじろうカフェ」のほかに、地域振興サイダーや地元産の柑橘、野菜を使用した「cafe 小田原柑橘倶楽部」もあります。

「きんじろうカフェ」
「きんじろうカフェ」

――「報徳二宮神社まちづくり推譲事業」について教えください

草山さん:一過性の発展・成長ではなく持続的発展ができるように、小田原を中心とする神奈川県西湘地域でヒト・モノ・カネの循環を加速させたいと考えています。テーマは“経済と道徳の一元”で、これは二宮尊徳翁が江戸時代に実践した報徳思想と報徳仕法の精神が根底にあります。少子高齢化社会を迎え、特に中小企業と農林水産業界において、安価な海外商品との過当競争によって様々な問題が生じています。右肩上がり・経済一辺倒の考え方から、これからの時代に対応できる社会への再構築を目指しています。

その一環として“農商工連携による地域活性化”を掲げ、2010(平成22)年10月から「片浦みかんプロジェクト」の活動が始まりました。2015(平成27)年4月には、趣旨に賛同した14社の出資により「株式会社小田原柑橘倶楽部」を設立。「地域振興サイダー」をはじめ、片浦レモンやみかんを使った加工品の企画・販売を中心としながらも、耕作放棄地の開墾などにも携わっています。

片浦レモンドロップ
片浦レモンドロップ

小田原みかんホワイトチョコレート
小田原みかんホワイトチョコレート

歴史とともに暮らす

――城下町・宿場町として発展してきた小田原。小田原の魅力、小田原に住むことの魅力について、どのようにお感じでしょうか?

草山さん:歴史があるということは、そのなかで育まれた豊かな文化があることでもあります。蒲鉾をはじめとする食品や木工品にも優れたものがあり、鋳物の歴史についても16世紀まで遡ることができます。江戸城の築城時には、小田原の職人も手を貸したそうで、東京・中央区にはかつて“小田原町”という町名があったくらいです。移り変わりの激しい時代で創業100年はなかなかの重みですが、小田原には創業650年の県内最古の老舗をはじめ、創業何百年という多くの商店があり、今も伝統や文化を継承している。そういったお店が身近にあるのも魅力のひとつだと思います。また、生活する生活するという観点からも海・山・川があって箱根も近く、それなのに都心部が通勤・通学の圏内にあります。

「小田原」駅
「小田原」駅

――小田原への期待や、“こうなってほしい”と思っていることはありますか?

草山さん:規模では横浜、川崎には敵いません。しかし、街の規模が人々に幸せをもたらしてくれるという保証はどこにもなく、結局は、それぞれの暮らし方が大切になってくるのではないかと思います。住まいにしても、同じ予算であれば都心よりも当然広くなりますし、もちろん環境面での魅力も高まります。また、明治時代に活躍した政治家の別邸が残されていることは、この地が静養先として相応しかったことを意味しています。当時よりも交通の便が格段によくなったことを踏まえると、小田原は都心とつながりながら静養地の趣を残した街と言えるのではないでしょうか。

「小田原」駅前の様子
「小田原」駅前の様子

報徳二宮神社

宮司 草山明久 さん
所在地:小田原市城内8-10
TEL:0465-22-2250
http://www.ninomiya.or.jp/
※この情報は2018(平成30)年5月時点のものです。

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