「茅ヶ崎館」 五代目館主 森浩章さん インタビュー

茅ヶ崎の文化を今に伝え、愛され続ける老舗旅館

1899(明治32)年創業から、現在も営業を続ける老舗旅館「茅ヶ崎館」。周囲の街並みはが変わりゆく中、当時の趣をそのままに残し、国の登録有形文化財にもなっています。また、日本を代表する映画監督・小津安二郎が定宿としたことでも知られ、数多くの名作がここから誕生しています。その変遷を見続けてきた「茅ヶ崎館」の館主だからこそ、強くなる地域への想い。今回は、五代目館主である森 浩章さんに、「茅ヶ崎映画祭」の実行委員会の代表を務めるなど多忙を極めるなかお時間をいただき、お話を伺いました。

小津安二郎も定宿とし、数々の名作が生まれた場所

五代目館主の森浩章さん
五代目館主の森浩章さん

――まず、創業当初から今日までの歩みをお聞かせいただけますでしょうか。

森さん:当館は1899(明治32)年に創業し、2009(平成21)年には茅ヶ崎市内初となる登録有形文化財になりました。私は当館の五代目です。今ではこうして住宅地に囲まれていますが、創業当時、この場所は海が望める砂丘の一軒宿でした。茅ヶ崎はこの環境の良さから、明治時代から別荘地として多くの文化人に愛されてきた歴史があります。当館の初代は、そうした別荘文化の流れをいち早く汲んでこの旅館をはじめました。

気品漂う「茅ヶ崎館」入口
気品漂う「茅ヶ崎館」入口

――小津安二郎監督をはじめ、映画関係者なども多くいらっしゃったようですね。

森さん:小津安二郎監督が初めて定宿としていらっしゃるようになったのは、1937(昭和12)年のことです。私は生を受ける前の話ですが、父は小津監督との交流がありました。脚本を書く仕事場として使い、たくさんの名作を生み出した、庭に面する部屋は今でも現役です。小津監督を慕って、現在活躍されている映画監督や作家の方々も、同じようにここで作品を作られたりしています。

映画監督・小津安二郎氏が定宿とした「二番の部屋」
映画監督・小津安二郎氏が定宿とした「二番の部屋」

もちろん映画ファンのみならず、古い旅館を好まれる方や、都心に住んでいる方がちょっとした休日に宿泊されたり、ここにはさまざまな方がいらっしゃいます。もちろん小津監督が宿泊していた部屋も、一般の方も泊まっていただけますよ。高級旅館ではありませんので、それが気兼ねなく利用していただけることにつながっているのではないかと思います。

地域の潜在的な魅力を活かし、新たな文化を発信する

歴史を積み重ね、穏やかな時が流れる空間
歴史を積み重ね、穏やかな時が流れる空間

森さん:そもそも、茅ヶ崎の藝能史は、別荘文化の筆頭として歌舞伎役者の九代目市川團十郎が移り住んだことからはじまっています。続いて明治期の小説家たち、その後、演劇や映画へと続いていきました。今でこそ、茅ヶ崎と言えば、サザンオールスターズの桑田圭祐さんや、その先輩世代の加山雄三さんなどが有名ですが、その親世代はみんな映画関係者だったんですよ。

市内の色々な場所が会場となる「茅ヶ崎映画祭」の様子
市内の色々な場所が会場となる「茅ヶ崎映画祭」の様子

――森さんは現在「茅ヶ崎映画祭」の代表を務めていらっしゃるそうですが、どのような想いがあり活動されているのでしょうか。

森さん:「茅ヶ崎映画祭」は2012(平成24)年からはじまった自主映画祭で、2016(平成28)年の開催で第5回目を迎えます。市内のレストランや公民館はもちろん、今年は「イオンシネマ」さんなども加わり、10ヵ所の会場で12から13作品の上映を予定しています。ここ茅ヶ崎館も上映会場となります。上映作品は、テーマを設ける年もありますが、基本的には各会場で自由に上映したい作品をあげてもらい、実行委員で審査するかたちをとっています。過去の名画や、大手シネコンでは上映されない作品などが多いですね。

茅ヶ崎館の広間も上映会場となる
茅ヶ崎館の広間も上映会場となる

先ほど申し上げたように、茅ヶ崎の文化は、演劇や映画と縁が深いのですが、残念ながら今日では映画自体が斜陽ぎみで、特に子どもたちが大きなスクリーンで映画を見る機会が少なくなっていますね。今は手軽にDVDや動画で見ることができてしまいます。大きなスクリーンで、複数の人と映画を見て同じ空間を共有することも、大事だと考えています。この「茅ヶ崎映画祭」では、映像を流すだけでなく、映画の監督や俳優などのゲストを招いて、作品の背景や思いに触れる機会も設けたり、映画が終わったあとの来場者同士の歓談も楽しみです。

――映画祭にはどのような方が来るのでしょうか?

森さん:古い映画は、やはりシニア世代の方が多いのですが、作品によっては若い人が昔の映画に興味をもったり、学びに来たりもしていますね。映画や映像、音楽などを生業にされているクリエイターの方々もいらっしゃいます。規模を大きくすることにはあまりこだわらず、この街のルーツである演劇や映画文化を伝え、浸透・発展させながら続けていければと思います。

生まれ育った茅ヶ崎への想い

茅ヶ崎で生まれ育った森さんが語る、地域への想い
茅ヶ崎で生まれ育った森さんが語る、地域への想い

――ご自身が生まれ育ったこの茅ヶ崎という街に、どのような想いをお持ちですか?

森さん:最近は「湘南」や「茅ヶ崎」というイメージだけが先行していて、では具体的にそれがどんなものかだとか、なぜこのような海辺のカルチャーができていったのか、などと聞かれてもなかなか説明できない人が多いと思います。

実際は、先ほどの歌舞伎役者の方たちと同じ、今から120年前頃に、ヨーロッパを見聞してきた政治家や実業家の方たちがヨーロッパと同じような避暑地を湘南につくっていったという歴史がベースにあります。やはり当時から環境が素晴らしかったからであり、そうした歴史を掘り起こして、今の世代や次の世代に伝えながら、茅ヶ崎の人たちの景観と文化意識をもっともっと高めていきたいです。

茅ヶ崎の海。先に見えるのはシンボル「えぼし岩」
茅ヶ崎の海。先に見えるのはシンボル「えぼし岩」

――そのほか、茅ヶ崎の地域のために活動をされていることはありますか?

森さん:海の岸線や街並みを含めた景観を美しくしていくための活動を行っています。茅ヶ崎の海は、誰かがランドスケープをデザインしたわけではなく、漁港や海水浴場などがあって、そこに行政の手などが入りばらばらになってしまっているという課題があります。そこを整えていくための計画があるのですが、その実現のために権利者や行政などいろいろな方とコミュニケーションをとって調整をすすめているところです。もちろんさまざまな立場や考えがあり、世代の違いなどもあるので、そこを変えていくことはとても地道な取り組みです。

サザンビーチ
サザンビーチ

ですが、世界には、例えばハワイやフロリダの人工ビーチのように、人の手が入っているにも関わらず自然と調和し、観光客を惹きつける魅力をまとった事例もあります。国内で初めてハワイ・ホノルルと「観光姉妹都市協定」を結ぶことができたのは、茅ヶ崎の自然、文化、人々に共通点があったからではないでしょうか。そうした事例を見ていただきながら、どうしたら人々が集まり、喜んでくれるような場所になるのかを一緒に考えていければ、必ず変えていけると思っています。

実際に、そうした意識は茅ヶ崎の人たちの間で高まってきていて、毎日自主的に海岸のゴミを拾われる方がいたり、看板の色を規制しようという流れが自然と生まれたり、自分たちの街をより良くしていこうという方が増えてきており心強く感じます。時間の掛かる取り組みであることは重々承知していますが、茅ヶ崎の美しい海を見たい――この気持ちが、私を突き動かしているように思います。きっとこれから住む方は、少しずつもっときれいな海岸に変わっていく姿を見ることができると思いますよ。

茅ヶ崎の魅力を未来にも伝えていく
茅ヶ崎の魅力を未来にも伝えていく

――語るべき歴史・文化が豊富な茅ヶ崎ですが、それ以外で感じる魅力を教えてください。

森さん:少しうるさく言ってしまいましたが、実際の茅ヶ崎はご覧の通りとても気軽な街なんです。 ただその気軽さや居心地の良さがあるのは、住んでいる方々がみんな努力をしているからこそあるものです。 これから新しくいらっしゃる人たちにも、単に住むだけでなく、ぜひ街づくりにも加わっていただければと思います。茅ヶ崎の良いところは、「完成している街ではない」ということではないでしょうか。住んでいる方がそれぞれに街づくりへの意識が高く、それが生活のしやすさや、子育てのしやすさなどの街の魅力につながっているのではないかと思います。

また、私は観光協会の理事メンバーでもあります。茅ヶ崎には年間を通して毎月何かイベントがあるので楽しいですよ。以前はなかった6月も、「茅ヶ崎映画祭」が根づき、年間スケジュールが埋まりました(笑)。自然や海も、夏だけでなく春や秋などそれぞれに表情を変えるので、ぜひ見ていただきたいと思います。

茅ヶ崎館 館主 森浩章さん
茅ヶ崎館 館主 森浩章さん

茅ヶ崎館

五代目館主 森浩章さん
所在地 :神奈川県茅ヶ崎市中海岸3-8-5
TEL :0467-82-2003
URL:http://www.chigasakikan.co.jp/
※この情報は2016(平成28)年3月時点のものです。