熊澤酒造 六代目蔵元 熊澤茂吉さん(襲名) インタビュー

“湘南らしさ”を心がけた蔵元の試み

1872(明治5)年に、茅ヶ崎の地に創業した「熊澤酒造」。その歴史に幕が下ろされる寸前で、六代目として家業を継いだのが現代表の熊澤茂吉さんです。麦芽とホップのみで造られた無濾過・非加熱処理の「湘南ビール」を皮切りに、日本酒の新ブランドとして「天青」などを生み出し、今日では湘南に残る唯一の蔵元として全国区でも知られる存在となっています。今回は、現在にいたるまでの経緯や、湘南・茅ヶ崎における蔵元として目指すべき方向性や今後の挑戦について詳しくお話を伺いました。

廃業危機を原動力に、酒造体制を見直し一からスタート

茅ヶ崎市香川、自然に囲まれた住宅地に建つ「熊澤酒造」
茅ヶ崎市香川、自然に囲まれた住宅地に建つ「熊澤酒造」

――まず、「熊澤酒造」の六代目を継がれるまでの経緯を聞かせてください。

熊澤さん:大学を卒業しアメリカに留学していたとき、当時会長職に就いていた祖父と代表である叔父が「廃業を検討している」、という連絡がありました。それまで家業を継ぐことに一切関心が無かったのですが、そうした状況に直面したことで自分の“根っこ”に気づかされ、経営状況としては芳しくなかったものの、六代目として家業を継ぐことを決意しました。私が24歳の時です。

――そのような状況から、どのようにして会社の立て直されたのですか?

熊澤さん:当時はブランド力もなく、安価な日本酒を販売しているだけだったのですが、蔵元として生き残るためには“良い酒を造る”必要があると考えました。そして、そのためには「造り手」や「造る環境」を整える必要がありました。

酒蔵での醸造風景
酒蔵での醸造風景

その第一歩として、やるべきはビール醸造を手がけることだと。と言いますのも、それまでは出稼ぎ杜氏(とうじ)が冬場だけ日本酒を造っていたため、夏期は一転して暇になるという状況でした。ただ、良い酒を造るには、そうした外部の請負いではなく、地元の人間が社員として酒を造れるようにする必要がありました。いかに優秀な人材を確保するか――この結論として、冬は日本酒、夏はビールの両輪で、醸造技術を活用することにしたのです。

日本酒と共に「熊澤酒造」の顔となった「湘南ビール」
日本酒と共に「熊澤酒造」の顔となった「湘南ビール」

ドイツからビールマイスターを招いて醸造技術を学び、試行錯誤期間も経て、「湘南ビール」を世に出したのは1996(平成8)年のこと。私が家業を継いだ2年後のことになります。

酒造メーカーとは異なる、「湘南の蔵元」らしさで勝負

――本業である日本酒づくりについてはいかがでしょうか。

熊澤さん:全国で流通している銘柄を持つ、いわゆるメーカーとしての日本酒づくりを目指すのではなく、トップレベルの酒米を使用するなどして、誇れる日本酒を造ろうと考えました。それまでのブランドはすべて捨てて、2000(平成12)年に「天青」の販売を開始しました。ありがたいことに認知度とともに評価も高まり、今では全国的に知られるようになりました。

洗練された香りと味わいの「天青」
洗練された香りと味わいの「天青」

熊澤さん:新たな試みとして、地元で収穫された酒米を使用した“メイド・イン・茅ヶ崎”の日本酒づくりも始めました。近くに、民話「河童徳利」の発祥とされる場所があるので、それに因んで河童をロゴに用いています。

――こちらは蔵元であると同時に、レストランも併設していますね。

熊澤さん:さらにメーカーとは異なる、「湘南の蔵元」らしい魅力で勝負をするにはどうしたらよいかと考えたときに、オーストリアのウィーンで生まれた、“ワイナリーでワインを楽しむ”文化が参考になりました。オーストリアは美味しいワインを造っているにも関わらず、イタリア、ドイツ、フランスなどワイン王国に囲まれていることもあって、ヨーロッパでもあまり知られていません。ただそうした流通では勝負できない環境に置いて、できたてのワインをワイナリーで美味しい料理とともに楽しんでもらうスタイルで、地元や観光客から人気を得ています。

敷地内はテラススペースを中心に、酒造と複数のレストランやギャラリーが並ぶ
敷地内はテラススペースを中心に、酒造と複数のレストランやギャラリーが並ぶ

そうした成功例を踏まえ、我々も同じく“湘南の酒”のブランド力は弱いかもしれませんが、山奥にあるメーカーとは異なり、周辺に住宅があって気軽に足を運んでもらえる強味を活かして、流通に頼らず自分の敷地内で直接消費してもらえる環境を作りました。

くつろいだ空間で「熊澤酒造」の酒や美味しい食事を楽しめる
くつろいだ空間で「熊澤酒造」の酒や美味しい食事を楽しめる

地域との接点を増やし、住む街“茅ヶ崎”をより良い場所に

――茅ヶ崎において「熊澤酒造」がどのような場所や存在でありたいですか?

熊澤さん:オーストリアのワイナリーの話をしましたが、そもそもかつての蔵元は、祭事が行われたり、自然と人が集まりっていろいろな文化が生まれる地域の中心的な場所でした。物流という概念もなくガラス瓶もなかった昔は、近所の人が陶器の徳利(とっくり)を持って蔵元を訪ね、そこで宴会が始まったり。そのなかで葛飾北斎のような不世出の浮世絵師も生まれました。

地元の作家の作品が並ぶギャラリー「okeba」
地元の作家の作品が並ぶギャラリー「okeba」

時代は違いますが、地域における蔵元という位置づけは変わりません。我々も、お酒を楽しんでもらうだけではなく、酒樽などを製作・修理する桶場を改装して、ギャラリー「okeba」をオープンさせました。1階は、地元で活躍している作家さんの作品や古道具などを販売。2階には古書コーナーと、個展・ワークショップなどを開くスペースがあります。

湘南の蔵元らしさをテーマに展開
湘南の蔵元らしさをテーマに展開

また近年、無農薬・有機農法による若い新規就農者が増えてきましたので、敷地内でマーケットを開いてそうした方に野菜を販売してもらい、売れ残ったものについては我々のレストランで使用するなど、少しでも人と地域との接点になれればと思っています。今後も、そうした“湘南の蔵元らしい”姿勢を自問自答しながら展開していけたらと思っています。

――思い描いている茅ヶ崎の未来について聞かせてください。

熊澤さん:これまで茅ヶ崎は、その住みやすさゆえ多くの人が移り住んできましたが、その流れの加速とともに、もともとあった豊かな文化や美しい自然が消費されてもきました。ですから、これから新しく茅ヶ崎にいらっしゃる方々には、地域をよりよくするために何ができるかを一緒に考え、参加していただけたらと思います。

コミュニティの場としても展開する「okeba」
コミュニティの場としても展開する「okeba」

実際、現在「okeba」を中心に開催している「暮らしの教室」というイベントには、地域に関心を持ち、何かを残していきたい、そのために何が貢献できるのか、といった意識をもった方々が集まってくれて面白い出会いなども生まれています。50年後、100年後の茅ヶ崎を見据え、新たな魅力を育み蓄積していくために、その中心を「熊澤酒造」が担っていければと考えています。

蔵元のあるべき姿として、茅ヶ崎の未来を築く中心的な存在を担っていく
蔵元のあるべき姿として、茅ヶ崎の未来を築く中心的な存在を担っていく

熊澤酒造
熊澤酒造

熊澤酒造

六代目蔵元 熊澤茂吉さん(襲名)
所在地 :神奈川県茅ヶ崎市香川7-10-7
TEL :0467-52-6118
URL:http://www.kumazawa.jp/
※この情報は2016(平成28)年3月時点のものです。